Introduction　序盤アウトライン：

１９１８年。第一次大戦末期。敗戦濃厚なトメニア軍兵士としてユダヤ人の床屋も奮戦していた。敵に包囲され窮地に陥るトメニア空軍将校シュルツを救った床屋は、シュルツと共に乗り合わせた戦闘機で辛くも逃げ帰るが、傷ついた床屋の記憶はその全てが失われていた。そして敗戦を喫した終戦から数年後、ヒンケルと云う独裁者の出現により劇的な政変を迎えたトメニアは、国民の熱狂的なヒンケル支持に包まれていたが、アーリアン民族の世界制覇を目論むヒンケルは、ユダヤ人を中心とする他民族を淘汰すべく無慈悲な迫害政策を開始する。そんなある頃、トメニアでの劇的な政変なども露知らぬ床屋が、住民の不安も渦巻くユダヤ人街に帰ってくるのだがーー

Various Note　メモ：

チャップリン初の完全トーキー作品だが、元々は、３４年の監督作「ドン・ファン」や４９年「第三の男」の製作者としても著名なアレキサンダー・コルダから体格やパフォーマンスと云ったヒトラーとの類似点を指摘された事によってチャップリンが製作を思い付いたと云う作品である。製作の開始は３７年、その公開も４０年と云う年代ながらもナチの脅威を知り得ていたと云うチャップリンは、そのナチの狂気性については真正面から揶揄する事なども出来なかったとコメントしているが、８９年４月１６日生まれのチャップリンに対し、８９年４月２０日生まれのアドルフ・ヒトラー、僅かに４日違いだった誕生日も然る事ながら、幼少時に於いては、互いに貧困を体験していたと云う類似点についての情報も得ていた事から、その同世代の人物の掲げる負の方向へのイデオロギーに対する怒りの矛先が、映画製作と云う形で完遂していたようにも思える所。

作品に対する各国のリアクションもさまざまなものだった。ナチスの占領下にあったバルカン諸国での上映が禁止されていた事は云うまでもないが、レジスタンスのメンバーは、ギリシャから持ち込まれたと云うフィルムをコミカルなオペラ路線のフィルムとすり替えて鑑賞していたとされている。驚くべき事に、一度だけは公式に上映されたと云うドイツだが、ヒトラー本人のリアクションについては一言のコメントも残されていないようである。スペインでは、独裁者のフランシスコ・フランコが他界する１９７５年まで解禁されていなかったもので、イタリアでは、ムッソリーニの未亡人に配慮する形でマダム・ナパローニの登場カットは全て割愛、世紀を越えた２００２年まで完全版は解禁されていなかった。英国では、ドイツとの宥和政策も選択肢として残されていた３７－３９年と云う作品の製作当時には上映禁止の方針を打ち出していたものの、全面戦争となった後には態度を豹変させている。

いわゆる放浪作品でのコスチュームを披露しながらも、一連のトランプ作品を「モダンタイムズ」で終結させたチャップリンは、この作品を放浪映画とは考えていなかったようだが、独裁者を演じる為にヒンケルのコスチュームを着用したチャップリンは、自身でも気付かぬうちに攻撃的に振る舞っていた為に、ヒンケルのシークエンスを撮影する日程で配置されていた周囲のスタッフからは、仕事もし辛かったと云ったコメントが残されていたようである。チャップリンの自叙伝によれば、長きに亘り複雑な感覚に苛まれていたと云う作品だが、バルーンの登場するシークエンスを筆頭に、絶妙なテンポ感覚で畳み掛ける一連の名場面なども然る事ながら、その史実の背景と照らし合せれば、素通り出来る作品ではない。