Introduction 序盤アウトライン: |
1973年8月13日、テキサス。茹だるような陽射しの中をステーションワゴンでのドライヴに出掛けた5人の青年、パム、ジェリー、カーク、そしてサリーとフランクリンの姉弟は、異様な臭気の漂う精肉所を過ぎた田舎道で一人のヒッチハイカーに遭遇、車に乗り込んだその異様な風貌の男は、取留めもない不気味な話に終始した後にフランクリンから奪ったナイフで手のひらを自ら切り付けると、些細な事で諍いに及んだフランクリンに襲い掛かる。辛くもその狂人を追い払った5人だったが、行き着いた給油所でもガソリンが底を突いていた為に、空き家となっているフランクリンの旧家で止む無く停車する。そんな中、家を離れて近くの川へ出向いたカークとパムは、広大な敷地に構える一軒家を発見、屋外にパムを残し、カークはガソリン調達の交渉をすべく家に入り込むのだがーー |
Various Note メモ: |
エド・ゲインの事件をモチーフにしていると云うシナリオだが、実在の事件と本作の顛末、その両方を知ればこの脚色が如何に大胆なものだったかと云う事が歴然とする。ヒッチコックが60年の「サイコ」に於いて既にゲインの事件を題材にしていた事から、超個性的な捻りの加味が必要不可欠と考えていた監督のフーパーの辿り着いたアイディアがレザーフェイスのチェーンソーによる蛮行である。 |
そのチェーンソー発案のキッカケとなった逸話が面白い。ある日、大混雑するスーパーの金属製品コーナーでその人込みにげんなりしていたと云う監督のフーパーが、この雑踏から脱出する為に何か最良の方法はないものかと考えた挙句、視界に飛び込んで来たのが売り場に展示されていたチェーンソーだったと云う話である。まぁ、確かに人込みの中で電源の入ったチェーンソーを持っているような事にでもなれば、行く手を阻む者もいなくなるとは思うのだが。 |
レザーフェイスとその弟(ヒッチハイカー)兄弟の祖父を演じるジョン・デュガンのメイクアップには36時間を必要とした為に、あの狂気に満ちた夕食のシークエンスは、デュガンのメイクを取り去る前にその全てを撮り終える必要があった。しかし、熱波の到来により常に華氏100度(摂氏で約38度)を超えていた為に、動物の屍骸や腐ってしまった食べ物から放たれる臭気で充満していたと云う部屋での撮影は、正に悪夢の体験だったと関係者は回想している。レザーフェイスの弟を演じるエドウィン・ニールは、ベトナム従軍の際にベトコンからの襲撃で九死に一生を得たと云う体験を持つ人物だが、その臭気に満ちた猛烈な暑さの部屋で臨んだ長時間の撮影こそが生涯で最悪の体験だったと語っている。 |
因みに、その夕食時の映像に登場する人骨で作られたファニチャーだが、あの人骨は本物である。日本国内で実際に入手しようなどと考えれば非常に困難な事にも思えるが、実は、製作スタッフがアメリカ先住民から容易に入手したと云う人骨が、プラスティックの模造品コストよりも安上がりだった為に本物が使用されていたのである。 |
作品の為に掛かり付けの歯医者で作成させた補綴だったと云う歯をはめ込んで登場するレザーフェイス役のグンナー・ハンセン、地で行っているようにも見えてしまうほどの白熱した演技を見せるハンセンだが、実は知恵が遅れていると云うキャラクターのバックボーンにリアリズムを注入しようと、ある学校に通う事で得た体験を演技に活かしている。アジテーションを爆発させているだけのようにも見えていたあの狂気の立ち回り、実は役者デビューとなる事に意地も込められた演技だったと云う事である。 |
撮影も佳境に入る頃、そのハンセンとは誰も一緒に食事を取ろうとはしなかった。その理由は、ハンセンの着ていたシャツである。低予算での製作だった為に一張羅だったと云うそのシャツは、効果を醸し出す為のペイントが施されていた事で洗濯する事が許されていなかった為に、猛暑のテキサスで行われた4週間にも及ぶ撮影を経た後には想像を絶する臭気を漂わせていたからである。 |
「テキサスでのチェーンソーによる大量虐殺」と云う原題、実際にはチェーンソーによる犠牲者はフランクリンだけだったりと云う本作だが、実に可笑しいのは、監督のフーパーがPG指定の作品を目指していたと云う事である。米国に於いての公開に際しては評価基準が設定されていると云う事は周知の所だが、PGと言えば「やや問題となるシーン」を含む為に子供を同伴する親は留意せよと云った基準である。結果的にはR指定となったこの作品、MPAAに作品を提出したフーパーは、何とかこのPGを獲得しようと編集作業に躍起になったと云う逸話も残されているようだが、ハッキリ云えば、どう足掻いてもPGゲットは無理だったと思われる。上映に先駆けて行われた覆面試写会では、退席者も後を断たなかったと云う本作、単館上映ならともかく、全国規模での上映が行われたと云う事でさえ奇跡だったと言える言語道断の内容である。本作公開以前の60年代から、一部のファンをターゲットにしたようなグロテスクな作品なども存在してはいたが、あらゆる大衆に向けて配信されてしまった作品としては有り余る衝撃度だったと云える。 |
70年代の公開にして既にノーカットのヴァージョンが上映された日本だが、封切られて間もない75年のフィルム検閲で上映禁止となった英国では、ビデオリリースなどに際して幾度となく行われた紆余曲折の検閲を経て、製作から25年が経過した99年にようやくノーカットのヴァージョンが陽の目を見ている。また、豪州ではその公開自体が80年代の序盤まで見送られていたと云う作品だが、全世界のキャパシティーで、今もなお、カルト作品としての地位に君臨していると云うその最大の要因は、後の多くの作品にも影響を及ぼした事も明らかなレザーフェイスと云う強烈なキャラクターの挿入である。二十余年にも亘るロングシリーズとなっているジェイソンやブギーマンと云ったキャラクターのルーツがレザーフェイスだったと云える訳だが、レザーフェイスと云う固有名詞が市民権を得たのは、13金パート3以降で確立したジェイソンのホッケーマスクに肖って86年の本作の続編「悪魔のいけにえ2」以降に後発的な形で掘り起こされたと云う経緯を経たものである。何れにせよ、猛烈キャラクターの固有名詞化と云う現象に於いては、本作がその本家本元である事に変わりはない。 |
その70年代の公開当時に受けたストレートな印象と言えば、モンスター的なキャラのレザーフェイスも然る事ながら、あのような家族が何食わぬ顔で社会の中に暮らしているのかと云った驚愕に他ならぬもので、現在のような情報網が確立する以前の当時に於いては、その「事実を基にした」と云うコピーから煽られた恐怖感は言葉で言い表せるようなものではなかった。理性が確立する以前の若い時分での鑑賞だったと云う事を差し引いても、やはりこの作品は凄い。DVDで改めて観ても、劇中に登場するマリリン・バーンズに匹敵する悲劇のヒロインなども思い浮かぶものではない。エンターテインメント・ウィークリー誌では、何時の時代に於いても最も恐い作品として第1位にランクされている「エクソシスト」に次ぐ第2位の作品が本作「悪魔のいけにえ」である。余談だが、日本製の名作TVアニメ「不思議の海のナディア」の米国公開ヴァージョンで、ナディアの叔父役を吹き替えているのは、レザーフェイスの弟である狂ったヒッチハイカーを演じたエドウィン・ニールである。 |